話すというアウトプット
今年に入ってから、3回のLTをやってきました。
- 2008.01.19 : Ticket2RTM @ Shibuya.trac #1
- 2008.03.22 : どこでもゆびピアノ++ @ 1000speakers:3
- 2008.03.28 : Twitter bot を Ruby でつくる @ 第三回Award on Railsライトニングトーク
話してみて思うのは、話すというアウトプットの密度の濃さです。
これまでにやってきたアウトプットは、調べたことやつくったものをブログに書くということでした。 そうしたアウトプットと話すということを比べると、消化した感がだいぶ違います。 何かについて取り組んだたら、ブログで公開して、プレゼンで話してやっとそのネタについて卒業、と。話してみてはじめて理解できる、とも言える。 それはなぜかな、と考えてみたら:
- 人前で話すためには対象をきちんと理解していないといけない。たくさんの咀嚼が求められる
- 文章を書くときと話すときとではアタマのつかいかたが違う。話すときには頭をフル回転させてる
- 話すのは緊張する。けど、自分の言葉がほんとうに人に聞こえてるのを生で見ることができる (ブログだとそうはいかない)。それがうれしい
ということなのかな、と。
自分の理解のためにも、人に考えを広めるためにも。 指を動かしてキーボードを叩くだけではなく、口で言葉に出そうよ! どんどんあちこちに出ていこうよ! というお話でした。
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