時間展::佐藤雅彦トーク
佐藤さんに釣られて、自由が丘で行われていた時間展に行って来ました。 音から映像をつくること。時間と映像の捉え方には共時性、順序性、可視化といったものがあるよ。という筋で、携わってこられた作品を上映しながら話してもらう形でした。
今回参加したのは、佐藤さんはどんな人で、どういう風に考えてあのおもしろいものを生み出しているんだろうか? というのを知りたかったからです。 これまで本で読んだりしていた感じから、きっと底が深くふんわりと穏やかな人なんだろうなと勝手に想像していたのですが、ちょっと違っていました。 作品の上映中に、再生がかくつくのでPCを取り換えたり音がぐらぐら揺らぐのでケーブルを交換したり、と細部のクオリティに対する厳しさがありました。考えてみたら当たり前すぎるのですが、プロ意識を高く持っていないと広く受け入れられる作品はできないわけです。自分はまだまだですね。
音を起点として映像をつくっていく。なんで音なのか? 音は人を惹きつけるし、時間を支配しているから。音、音、音。 何かつくるときには、キてる音をまず探しに行く。
どういうきっかけで音に注目するようになったのか、というのを聞いてみたかったですね。
以下、印象に残ったところをメモ:
- 音と映像がシンクルしていると、人は目を離せない
- みんな音を捨てている
- 共時性は、老若男女問わずにすっと理解できる
- 頭で考えて始めてしまうとダメ。おもしろい! と感覚が言ってないと
- 音が意味を規定する。映像はなんでもよくなる
- 新しいことをすることのいいところは、規制がないところだ
- ワークショップはスケールしない
- 2008.09.14 23:51 追記 for id:amashioさんのブコメ : 数理という知識を伝える際に、映像というメディアを使うかワークショップで体験してもらうか、という選択をされたことについて。たしかに体験すること理解ることのインパクトは大きいのだけれど、一度に伝えられる人の数がどうしても限られてしまうし、あちことに行かないといけない。その点、映像というメディアはパッケージ化してしまえるので、各地に届けられることができる。スケールする。といった文脈の話でした。
- まず自分が強く感動できないことには、他人を巻き込んでの責任を負えない
- ロジックを理解することで、世界を見る目を増やすことができる
良い刺激になりました。感覚と論理の両輪を研ぎ澄まさないと。
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